劣等機能というものは人間にとって常に人生上の大きな課題です。
それとの向き合い方によって人生の質は確実に変わります。
今回の記事ではユング心理学が説く「劣等機能との向き合い方」について解説します。
劣等機能がなければ人生はたぶん味気ない
お寿司を食べる時、多くの日本人はワサビを使います。
(もちろんワサビ抜きが好きだという日本人もいますけど)
私もそうですが、ワサビ好きの人間にとって、ワサビのない寿司は何だか味気ない。
そして人間が自分の性格の中に持っている劣等機能もまたワサビに似ています。
劣等機能があるからこそ人間的な奥深さとか味わいが出て来るのかも知れません。
また本人にとっても、劣等機能というのはとても誘惑に満ちた領域です。
不得意分野だとは知りながら、つい手を出してしまいたくなるのが劣等機能です。
実際、何でもかんでも「簡単にできてしまう」人生ほどつまらないものはありません。
いろいろできるけれど、できないこともあるからこそ、人生に退屈せずにいられるのです。
ところが、いざ自分の劣等機能を使おうとすると、これがもうレベルがあまりにも低過ぎて使いものにならない。
こうして私たちは劣等機能というものの扱いづらさを実感することになります。
劣等機能を使おうとすると原始時代へ逆戻りする
劣等機能を克服するのは難しいのに、それでも自分の劣等機能を向上させようとする人がいます。
中にはそれを優越機能のように自由に使いこなしたいと考える人もいます。
こういう人の努力について、前にも紹介したマリー=ルイズ・フォン・フランツさんは著書の中で次のようなことを述べています。
「劣等機能のレベルアップをはかるということは、広大な無意識の沼に細い釣り糸を垂らし、その無意識の沼そのものを釣り上げようとするようなものです」
そしてマリーさんはさらに次のような注意を喚起しています。
「それでもがんばって劣等機能を釣り上げようとすると、あなた自身が下の世界に引き込まれてしまうでしょう」
優越機能と2つの補助機能をマリーさんは「上部構造」(upper structure)と呼んでいます。
この上部構造はその人の意識でコントロールできる機能です。
一見、この上部構造は堅牢に見えますが、劣等機能が上昇してくると丸ごと崩壊してしまうと彼女は語っています。
これをちょっと例をあげて説明してみましょう。
優越機能と補助機能からなる上部構造とは、言うなれば「洗練された文明社会」です。
私たちはこの文明社会の恩恵を受け、それを便利に使いこなしながら生きています。
一方、劣等機能は原始的であり、動物的です。
ところが、あなたがそんな原始的な環境を自分の日常生活に取り入れたいと考えたなら、どんなことが起こると思いますか?
たとえば原始人が身にまとっていたような動物の毛皮を着て会社に行ったり、石斧を使って料理をしたり、リビングルームで焚き火をしたりする・・・。
もし、こんな暮らしをしようとするなら、あなたの生活はどうなるでしょう?
想像するまでもなく、あなたの生活も人生も崩壊してしまうでしょう。
劣等機能を無理して使おうとした結果、自分自身のすべてが退化してしまうことになりかねません。
つまり原始時代に逆戻りすることになります。
次の図は上述のマリーさんの話をわかりやすく示したものです。
左側の図はこのシリーズの第1回目の記事でご覧いただいたものです。
右側の図は劣等機能を無理に引き上げようとした場合ですが、それと同時に上部構造の3つの機能が崩壊してしまう様子を表しています。
優越機能ばかり使い過ぎると劣等機能は反乱を起こす
最初に述べたように、劣等機能は人生を退屈から救ってくれるものでもあります。
しかし自由自在に使いこなすにはレベルがあまりに低過ぎる・・・。
そこで結局、私たちは便利で使い勝手のよい優越機能ばかりを使うようになります。
優越機能は使えば使うほど洗練されていきます。
そのうち何をするにも「優越機能1つあれば事足りる」と思えるようになってきます。
わざわざ補助機能を開発しようという気持ちも薄らいできます。
こういう状況は次のように表現できます。
優越機能の一党独裁体制
そんな時、無意識の中でひそかに「反乱」の準備を進めているのが劣等機能です。
詳しくはこの劣等機能講座の4回目と5回目の記事に書いたのですが、もう一度、簡単に述べておきます。
優越機能と劣等機能はそれぞれ意識の領域と無意識の領域の中にあって、互いに適度なバランスを保っています。
これを補償と呼ぶのでしたね。
(補償に関しては劣等機能講座③に詳しく書きました)
ところが優越機能にエネルギーが集まり過ぎると、無意識領域にある劣等機能はエネルギー不足に陥ります。
その結果、劣等機能に歪みが生じます。
その歪みがその人の性格にネガティブな影響を与えることになります。
先ほど、私はこの状況を「反乱」という言葉で表現しました。
優越機能を謙虚に使うこと
優越機能に頼りっぱなしは便利だけれども、それだけ使っていると劣等機能をさらに損ねてしまう。
かと言って、劣等機能はレベルが低過ぎて使えない。
こうした問題を少しでもよい方向に持っていくにはどうすればいいでしょうか?
この疑問に対してマリーさんはおよそ次のようなことを述べていらっしゃいます。
「上部構造が下に降りてゆくしかない」
上部構造というのは優越機能と2つの補助機能。
つまり意識領域で活動している3つの機能のことです。
ここをもう少し詳しく説明します。
私たちにとって劣等機能というのは自分の中にいる問題児みたいなものです。
だからと言って、そこだけを改善しようとか、レベルを引き上げようとするのは無理だということは前述の通りです。
そこで上部構造をなしている3つの機能、特に優越機能のレベルをあえて「引き下げる」のです。
これをマリーさんは次のように述べています。
「謙虚になるということです!」
今までは「ここぞ」とばかりに自分の優越機能を使っていたと思いますが、その優越機能をもう少し遠慮がちに使うということでしょう。
ことわざに言う「能ある鷹は爪を隠す」と似ているかも知れません。
優越機能のレベルを意図的に下げることで、上部構造全体の意識レベルが低下します。
それにともない、劣等機能は今までのように必要以上に無意識の底に沈んでいる必要がなくなって、少し浮上してくることになります。
それは上と下とのちょうどよいバランス、つまり補償の関係を維持するためです。
ところで、「長所を伸ばせば短所は気にならなくなる」とはよく言われることですよね。
でも心理学的にいえば、自分の長所だけに注意を集めすぎると、その一方で無視され続けている短所はさらに深刻さを増しているケースが多そうです。
そして心の中のバランスがすっかり崩れてしまってから、やっとそのことに気づくのかもしれません。
優越でも劣等でもない中間領域で生きていく
優越機能と補助機能からなる上部構造を少し引き下げると、それにともなって劣等機能もほんの少し浮上します。
その状態を表したのが下の図です。
先ほど述べたように、劣等機能は無意識の領域から完全に抜け出ることはありません。
それでも4つの機能は「上過ぎることもなく、下過ぎることもない」ところに集まってくることになります。
マリーさんはこの上過ぎでも下過ぎでもないエリアを中間領域(middle realm)と呼んでいます。
自分の性格というものは自分のものでありながら、自分自身でコントロールするのは至難の業です。
でも、それを克服するには「自分の中にこの中間領域を作るしかない」ということなんですね。
中間領域を作るとは、優越機能という「とがった個性」を丸くすることです。
具体的に言えば次のようなことです。
・思考タイプなら求める論理性や合理性を今までの半分くらいに抑える。
・感情タイプなら「仲よくやればそれでいい」という姿勢を少し見直す。
・感覚タイプなら「現実主義こそ一番大事」という考え方を引っ込める。
・直観タイプなら理想ばかりを追い求めたり空想に費やす時間を減らす。
こういうふうに優越機能を抑えるということは、「何かをあきらめる」ということでもあります。
今までだったら優越機能を使って何でもかんでもガツガツと手に入れていたのに、今後はその半分くらいにしておく、ということです。
さて、優越機能を抑えることで、補助機能に回るエネルギーも増えていきます。
次にその補助機能が劣等機能の足りない分を手助けするようになります。
上記のことを思考タイプを例に説明すると次のようになります。
まず、自分の優越機能である思考を少し抑えるようにします。
すると補助機能である感覚や直観にもエネルギーがよく回るようになります。
感情機能はあいかわらず劣等機能のままですが、無意識のレベルは軽減しているため、今までよりは意識的な働きかけが成功しやすくなります。
そして感情機能がうまく働けないところを例えば直観が先回りして助けるというようになっていきます。
マリーさんによれば、こうした中間領域を上手に作るのは非常に難しいことだそうです。
でも、上手に作れれば、自分の持っている道具を自由に使いこなすように、自分の性格もコントロールできるようになると言っています。
そしてこういう生き方をマリーさんはこう表現しています。
禅僧 (Zen Buddhist Master)
のような生き方
ここらへん、なんだか日本的ですよね。
さて、劣等機能についての解説は今回で最後となります。
この後はぜひ『新ナマケモノ性格診断』にお進みください。
劣等機能についての知識を得た今、この性格診断を受けることで自分の性格タイプをより深く理解できるようになるでしょう。