愛着障害

生きづらさの原因は毒親育ちのせいかもしれない

毒親育ち

 

私の両親は毒親でした。

しかし子供時代、残念ながら私はそれに気づきませんでした。

 

病気というのは知らないうちに進行するものです。

それは愛着障害も同じです。

自分の親が毒親だと気づいた時はすでに重症化しています。

 

しかし、手遅れではありません。

それが一般の病気と違うところ。

 

むしろ気づくことが克服への第一歩となる。

それが愛着障害です。

 

今回は私自身の子供時代の話を例にして、このことを解説してみました。

 

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子供の頃、自分の親はふつうの親だと思っていた

 

私の両親は子育てにはまったく不向きなタイプの人間でした。

 

まず父親はそもそも子育てには興味なし、という人でした。

善人で勤勉、一応理解ある父親は演じていたようには思います。

しかし自分で会社を始めたりして忙しく、私とは心から向き合おうとは一切しませんでした。

 

一方、母親は自己愛の固まりみたいな人で、プライドが高く、負けず嫌い。

しかも思ったことをすぐ口に出すタイプで、いつも人を傷付けてばかりいました。

子どもに対しては支配的で、特に私には過干渉。

まさに毒親の典型とも言える人でした。

 

 

子どもの頃は自分でも

「親というのは皆こんなもんなんだろう」

と思っていました。

 

いや、正確に言えば、かなり最近まで私はどこの親も自分の親と似たり寄ったりだと思い込んでいました。

 

ところがいろんな人の話を聞いているうち、自分の親はそうとう変だったということに気づいたのです。

 

それも人の話を聞くたびに、毎回、その思いが強くなっていきました。

 

 

最近では乙武洋匡さんの動画を観た時にもその思いを強くしました。

 

乙武さんは四肢がないということで自分を不幸だと思ったことは一度もないそうです。

また、そのことで両親を恨んだこともないそうです。

それどころか、彼は昔から自分が大好きだそうです。

 

なぜ、そこまで楽天的に、ポジティブに人生を考えることができるのか。

 

乙武さんが言うには、

「両親の愛情を感じながら育ったから」

だそうです。

 

乙武さんのご両親は自分の子とよその子とを一度も比較したりはしなかったそうです。

「何ができない」ではなく「何ができたから」というスタンスで、常に乙武さんに対してプラス評価を付け続けたそうです。

 

 

わが子の欠点を見つけることしか能のない母親

 

私の母親は乙武さんの母親とは正反対のタイプです。

 

私の母親は常に自分の息子とよその息子とを見比べ、私の前でよその息子をうらやましがるという母親でした。

 

そして、よその子にあって、わが子にないものを見つけるのが大好きなようでした。

いつも私の欠点を見つけては、そのつど私に何かを要求してくるという人でした。

 

 

小学生の頃、親の参観日というものがありましたよね。

その参観日のことで私には嫌な記憶が1つあります。

小学校の4年生の時の母親参観の日のことです。

 

授業中、担任教師が教室の後ろに立っている父兄たちに

「ちょっと、お子さんたちのノートを見てあげてください」

と言いました。

そういう時間を数分間、その担任教師は作ったわけです。

 

私は自分の母親が来るのを迎えようと後ろを振り返りました。

ところが母親は私の方には来ませんでした。

 

そのかわり母親はクラスで一番勉強ができる男の子の座席の方に歩いて行きました。

そして、うっとりしたような表情でその子のノートを見ていたのです。

 

私はその時の母親の嬉しそうな顔を今でも鮮明に覚えています。

そして結局、母親は私の座席の方には来ませんでした。

 

 

放課後、私が家に帰ると、母はさっそく私に向かい、その日の授業参加のことを話し出しました。

そして、自分がノートをのぞきに行った男の子がどれだけきれいな字で(彼は書道をやっていた)ノートを書いていたかを熱心に話し出しました。

まるで素敵な情景でも思い浮かべるかのような顔つきで・・・。

 

そしてさらに、

「あんたはなぜ〇〇君のようにきれいな字が書けないのか?」

と私をなじってきました。

 

もちろん私は何も言い返せませんでした。

なぜなら「親とはそういうものだ」と思っていたからです。

 

 

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毒親に育てられたと気づくのは大人になってから

 

最近、親ガチャという言葉が流行っています。

 

よい大学に行けるかどうか、さらには有名企業に入れるかどうか・・・。

こうした問題のもとをたどると、結局、金持ちの家に生まれたか、貧乏な家に生まれたかで左右されるところが大である・・・。

そして、出生環境というのは運しだいであって、自分の意志では選べない・・・。

そういった文脈で語られることが多いですね。

 

 

ただ、この親ガチャには1つだけ、いい点があります。

それは、生まれた家が「アタリ」だったか「ハズレ」だったかは早い段階でわかる、ということです。

 

 

ところが「自分の親が毒親であったかどうか」という意味での親ガチャの場合、その「アタリ」「ハズレ」を子供時代に認識するのはまず無理です。

 

どんなに最低の親のもとに生まれても、その子は

「親って、どこでもこんなものなのだろうな」

と思うしかないからです。

 

もちろん友人の家に遊びに行って、

「なんだかウチとは雰囲気が違うなあ」

と気づくことはあるかも知れません。

 

しかしそれが親の愛情の「ある・なし」に起因する違いだとは思わないです。

 

 

そして、すっかり大人になってから他の人の話を聞くなどして、初めて

「えっ、親って普通、そんなに優しい人たちなの?」

と気づくわけです。

 

その時の衝撃はかなり大きいです。

そして、自分が愛情のない親に育てられたことで深刻な愛着障害を持っている事実を初めて認識します。

 

 

ただ、この「毒親バージョン」の親ガチャにも救いはあります。

 

それは

「自分の親が毒親だったと気づくことで、問題の核心が明確になる」

ということです。

 

問題の核心とは、多くの場合、自分が抱える「生きづらさ」の原因のことです。

そして、その生きづらさこそ、愛着障害なのだという答えが出てくるのです。

 

それさえわかれば、「じゃあ、そうすれば克服できるか」を具体的に考えればいいだけですよね。

 

私はこのサイトをそんな人たちのための「愛着障害克服サイト」に成長させられればいいな、と思っています。

 

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