心理学的に考える

安倍さん警護の警官たちが陥った傍観者効果という魔物

 

先日、7月8日に安倍元総理が奈良県で遊説中に銃殺されてしまいました。

あまりにもショッキングな出来事でした。

私も少なからず動揺してしまったのですが、10日以上経った今、やっと気持ちも落ち着いてきました。

 

そこであらためて報道内容をもとに事件の状況を整理してみたところ、私は「ある心理学的な現象」に思い当たりました。

それは社会心理学でいう「傍観者効果」です。

 

もちろん状況的にはそう言い切れない部分もあるでしょう。

でも、これに極めて類似した集団心理があの日の惨劇を招いたように思うのです。

 

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安倍元総理銃撃事件の流れ

 

事件が起きた場所

 

奈良県大和西大寺駅前のロータリー横の交差点にゼブラゾーン(道路上に引かれた白い斜線を白い枠で囲んだエリア:導流体)が設置されています。

 

このゼブラゾーンは珍しくガードレールで囲まれています。

通常、ゼブラゾーンにガードレールはありませんが、おそらく横断歩道の真横ということもあり、通行人が入り込まないようにガードレールが設置されているのでしょう。

当日の安倍元総理の演説はそのガードレールに囲まれたゼブラゾーンの中で行われました。

 

安倍元総理が立っていた演台の後方は細い車道をはさんでロータリーになっています。

したがってそこには聴衆のいない空間ができあがっていました。

言い方を変えると「安倍元総理の背後はガラ空きだった」ということです。

 

警察による警護体制

 

安倍元総理が演説するゼブラゾーンの中は安倍氏以外に参院選候補者を含む9名の選挙関係者、そして4名の警察官がいました。

その警察官のうち3名は奈良県警の警察官で、あとの1人は警視庁SPです。

つまりこの4名が安倍元総理のそばで直接警護を担当していたことになります。

 

また、この4名のうち警視庁SPを含む3名は主に前方の聴衆に注意を払っていました。

そして奈良県警の警察官1名は後方に注意を払うよう役割分担がされていたようです。

 

さらに会場全体には奈良県警の警察官が数十名配置されていたそうですが、その正確な人数については警備の問題上、シークレットにされているらしく、公表されていません。

しかし慣例から言って現場には40名程度の警察官がいたはず・・・という報道があります。

そしてこれら会場警備の警察官も大部分は前方の聴衆側に配置されていたそうです。

 

事件の推移

 

安倍元総理が演説を開始するのとほぼ同時に、ロータリー側の車道の向こう側にいた犯人も移動し始め、安倍元総理に向かって普通に歩いてきました。

この時、1台の防犯カメラの映像には犯人がカバンから銃を取り出しながら、ゆっくりと安倍元総理に近づいていく姿がとらえられているそうです。

 

そして安倍元総理に7メートルの距離まで近づいたところで犯人は1発目を発砲しました。

しかし弾丸は完全にはずれてしまいました。

 

この時の状況を映した防犯カメラによれば、犯人が車道に入ってから1発目を発砲するまでの時間は9.1秒もあったそうです。

そしてその間、後方担当の警察官は犯人とは別方向を通り過ぎる自転車などに気を取られていて、犯人の接近に気づかなかったということです。

 

7メートルの距離からの発砲をはずした犯人はさらに4~5歩前進し、今度は5メートルの距離から2発目を発砲。

それが安倍元総理に命中しました。

 

ちなみに防犯カメラには1発目も2発目も腰を落とすようにして両手で銃を構えながら、落ち着いて発砲している犯人の姿が映っているそうです。

 

1発目と2発目の間隔は約2.7秒

 

1発目の発砲音を聞いてスタッフの中にはしゃがんだ人、身をかがめた人も1人か2人いました。

しかし4人の警察官と大部分のスタッフたちは瞬間的に後ろを振り返っています。

 

ところが左こぶしを挙げて熱弁中だった安倍元総理は全身にアドレナリンが駆けめぐっていたためか、1発目の発砲音が鳴り響いた後もすぐには振り返ることなく、なお話し続けようとしていました。

 

1発目発砲から約1.5秒後、安倍元総理も会場が騒然としていることにようやく気づいたようです。

そして「えっ、何かあったの?」という感じで後ろを少し振り返りました。

その1秒あまり後に2発目が発砲され、安倍氏に命中しました。

 

 

ここで非常に重要になってくるのは1発目と2発目の間の時間です。

それについては2.6秒という警察側の発表(?)があるようですが、多くのメディアでは約3秒と報道されています。

 

私自身が映像を見ながら計ってみると、何度計り直しても2.73~2.76秒となります。

よって2.6秒というのは警察による過少申告ではないか・・・と思えてきます。

 

そこでこの記事では私自身の信念にしたがって

1発目と2発目の間は約2.7秒

とさせていただきます。

 

警察官たちの動き

 

それでは1発目から2発目までの2.7秒間におけるゼブラゾーン内の警察官の動きを追ってみましょう。

安倍元総理の右前方、つまり犯人から最も遠いところにいた警察官の動きは映像の中に入っていないので確認できませんでした。

しかし警視庁SPを含む他の3名の警察官の動きは映像で確認することができます。

 

初動、遅れる

まず1発目発砲後、どの警察官も即座に振り返りはしたものの、ほとんど動いていません。

(ここ、重要です)

1発目発砲から約1.5秒後、安倍元総理が振り返るのとほぼ同時に警察官たちもようやく動きだします。

 

SPとその隣の警察官の動き

SPとその隣にいた警察官は「何が起きたんだろう」というふうに、ゆっくり歩きながら安倍元総理の近くへ移動し始めました。

(この時点ではこのSPも隣の警察官もまったくあわてていません)

そして1発目発砲から約2秒後、ここでおそらく2発目を発砲するために犯人が銃をかまえたと思われます。

それを見て、警視庁SPと隣の警察官はやっと事のしだいに気づき、安倍元総理のもとに駆け寄ろうとしました。

 

次の2枚の写真をご覧いただきたいと思います。

1枚目は1発目の発砲音で安倍元総理以外の人たちが振り返った場面です。

この段階ではまだSPと隣の警察官は姿が見えないことから、持ち場から動いていないことが分かります。

2枚目の写真はゆっくり移動してきたSPと警察官が「はっ」と気づいた瞬間(ダッシュする直前)です。

 

後方担当の警察官の動き

犯人が車道を渡ってくる時、後方担当の警察官は犯人とは反対方向を見ていました(次の写真の1枚目)。

そして1発目の発砲音を聞いて犯人の方を振り返ります(次の写真の2枚目)。

そして犯人が2発目発砲のために銃をかまえたのを見て、あわててガードレールをまたいで犯人のもとへ行こうとします(次の写真の3枚目)。

その動き出しのタイミングはSPたちとほぼ同じです。

しかしガードレールをまたぎ終わらないうちに2発目が発砲されました。

 

2発目、発砲される

1発目発砲から約2.7秒後、2発目の発砲。

反射的に警視庁SPは防護バッグを振り上げ、その後ろに付いていた警察官もあわててSPのそばに駆けよります。

 

ここで1つ重要なことは、SPは2発目発砲前に安倍元総理と犯人の間に立って防護バッグを構えたわけではない、という点です。

SPはあくまでも2発目の発砲音に反応して反射的に防護バッグを振り上げたに過ぎません。

 

そして次の写真でもわかるように、すでに安倍元総理は被弾して倒れているにもかかわらず、それを確認していないSPはなお防護バッグを構えたまましばらく棒立ちになっています。

 

メディアの多くは「空白の3秒間」とか、「ポカーンとしていた3秒間」などと伝えています。

しかし事実上、空白だったのは1発目発砲後、犯人が2発目発砲のために銃を構えるまでの2秒間です。

この2秒間における警察官たちの心理状態はいったいどうなっていたのでしょうか。

 

 

傍観者効果に陥った警察官たち

 

傍観者効果とは目の前で事件が起きていて、目撃者が複数いる場合、誰もが「自分以外の誰か」が先に動き出すのを待ってしまう集団心理のことを言います。

 

ある事件が多くの人たちの目前で起きているにもかかわらず、誰も動かず、誰も助けず、誰も警察に通報しようとしないケースがあります。

そういった事件を説明するのによく使われるのが傍観者効果という社会心理学の概念です。

 

傍観者効果が起きるのは「果たしてそれが騒ぎ立てるべき事件なのかどうか明確でないケース」だと言われています。

 

例えば近所の家で激しい物音が聞こえている場合、何か事件が起きている可能性があります。

でも、ひょっとしたら単に派手な夫婦ゲンカをしているだけかも知れません。

明らかに事件だと確信を持てないのに警察に通報などしたら「後で非難されるかも・・・」と心配になってしまいます。

 

そういう場合、とりあえず近所の誰かがアクションを起こし、状況が明確になるまで自分は動かずにいよう・・・。

そのように誰もが考え、そして結局、誰も動き出すことができずに重大な事件が進行してしまう場合、その場にいた人たちに起きた集団心理を傍観者効果と呼ぶのです。

 

 

話を戻しましょう。

1発目の発砲後、ゼブラゾーンの中の警察官はなぜ2秒間もの間、何もせずに棒立ちになっていたのでしょうか。

 

理由はいくつか考えられると思います。

 

まず、警察内の訓練で聞き慣れている銃の発砲音とは明らかに異質だったので銃の音だとは思わなかったこと。

犯人が両手で持っているものが銃には見えなかったこと。

銃にしては異様に煙が立っているため、何かが破裂しただけかも知れないと思ったこと。

 

いずれにしても、目の前で起きていることは「銃撃」と判断するにはやや「不明確」です。

 

こういう場合、おそらくどの警官も

「他の警官たちはどう判断しているだろうか」

と一瞬考える、というか、少なくともいったん自分の判断を保留するでしょう。

 

まだ状況が明確にならないうちに自分1人が大騒ぎをし、後で「何でもなかった」と分かった場合に気まずい思いをすることになります。

それに何だか「肝がすわっていないヤツ」だと周りから見られそうな心配もあります。

 

特に奈良県警の警察官たちは警視庁のSPの動きに従おうと思った可能性があります。

ところが警視庁のSPを横目でチラッと見たところ、彼はまったくあわてているふうには見えません。

そこで奈良県警の警察官たちも

「自分たちが率先して動いてよいものだろうか」

と迷ったのかも知れません。

 

一方、警視庁のSPも奈良県警の警察官たちをチラッと見て、彼らがさほどあわてたふうでもないため、自分1人があわてふためているところを見せるわけにはいきません。

だからあえて落ち着いているように見せようとし、それがあの緩慢な動きとなった可能性があります。

 

結局、4人の警官たちは互いの動きをさりげなく確認し、

「誰一人あわてていない」

「ということは、自分一人があわてるわけにはいかない」

とお互いに判断し合ったことになります。

 

そして警官たちの動きを緩慢にさせた最大の要因はもしかすると安倍元総理自身だったかも知れません。

なぜなら当の安倍元総理自身が何事もないような顔で平然としていたからです。

 

もし、1発目の銃弾が安倍元総理の体の一部をかすりでもしていたら状況は変わっていたでしょう。

安倍元総理は演台から転げ落ち、それを見た警官たちは即座に安倍元総理を守りつつ、犯人を取り押さえることができたでしょう。

 

かりに2発目が発砲されたとしてもガードレールが盾となり、地面に横たわる安倍元総理に致命傷を与えることはなかった可能性があります。

 

結果として言えば、1発目がはずれて安倍元総理が平然としていたことにより、警察官たちも状況把握が遅れて動くことができなかったということです。

その結果、「空白の2秒間」が生まれたのでしょう。

 

犯人が2発目を発砲する時に銃をかまえた時、やっと警察官たちは異常事態に気づき、あわて始めるのですが時すでに遅し。

SPと横の警察官は安倍元総理までのわずか2.5メートルほどの距離を埋めることができず、ガードレールを越えようとした後方担当の警察官も2発目を阻止することができませんでした。

 

 

ところで、この記事では今までずっと

「警察官たちはこう判断したのだろう」

というふうに書いてきました。

 

これに対して、

「そんな判断をわずか2秒の間にするわけがないだろう」

と思う方もいらっしゃるでしょう。

 

でも人間の判断力って、こういう緊急事態の時には意識レベルを通り越して高速で回転するものです。

だから後になって

「あの時、なぜ動かなかったんだ?」

と問われても、本人は自分の判断過程そのものを意識していたわけではないために思い出せない、ということになります。

 

 

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あの日の警官配置が集団心理を招いた

 

現場にいる警察官たちは職務上、傍観者ではありません。

だからこの点だけをとらえて「傍観者効果ではないだろう」と言う方もいらっしゃるでしょう。

 

実際、傍観者効果が当てはまると思われる他の事件と比べるとだいぶん異質かもしれません。

でも、傍観者効果のきわめて特殊なケースとしてなら、この集団心理の法則を今回の銃撃事件に当てはめることはできると思います。

 

 

さて、人間というもの、こうした集団心理に陥るなと言われても、その場にいる人間にとっては難しいものがあります。

 

やはり安倍元総理を守れなかった真の原因は

「こういう状況を作ってしまった警察官の配置」

にあると思います。

 

当日、ゼブラゾーンの中にいた4人の警察官だけが安倍元総理を直接警護していたことになります。

言わば彼らは安倍元総理と一体になっていて、自分たちの状況を客観的には見ることができませんでした。

だからこそゼブラゾーン内にいる自分たちに「ある種の集団心理」が発生していることに気づかなかったのです。

 

ということは、もし他に2~3人の警察官がゼブラゾーンの外から、つまりその集団外の場所から安倍元総理を見守っていたとしたら結果は違っていたかもしれません。

 

具体的に言えば後方のロータリー側に数人の警察官を配置し、そこから逆に安倍元総理のいるゼブラゾーンの周囲に異常がないかを見張らせておくという、「外側からの視点」が必要だったのです。

 

もちろんそうした警察官たちもまた同じ傍観者効果に飲み込まれる可能性もゼロではありません。

しかし「何のためにそこにいるか」という目的をはっきりさせておけば、その危険性は回避できると思います。

 

 

今回の銃撃事件が起きた原因として、そもそも演説場所が悪い、という問題は確かにあります。

しかし、もしこの場所しかないなら、それ相応の警護計画を立てる必要があったでしょう。

 

そういう意味では直接警護に当たった4人だけの失態というより、警察官の配置を含めて今回の警護計画そのものに問題があったように思えます。

 

 

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