愛着障害

親の過干渉が子供の自由意志をつぶしてしまう

過干渉と自由意志

 

親からの虐待というのは何も暴力だけではありません。

過干渉も虐待であるとされています。

 

そして、その過干渉によって子供は「自分で何かを決める」ことが苦手になってしまいます。

 

その後遺症は大人になってからも続き、たとえば「自分の適職を見つけられない」といった問題を引き起こすこともあります。

 

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殴ってきた母親の手をガードして防いだ記憶

 

子供の頃、親から毎日のように殴られていた人もいらっしゃるでしょう。

そういう場合、記憶に残っているわけだから、幼児期を過ぎ、「物心が付いてから」ということになりますよね。

 

私の場合、父親には小学生の頃、1年に1回くらいは口答えをしたか何かで殴られていたのは覚えています。

でも、母親に殴られた記憶はないんですね。

 

しかし幼児期の頃、どうやら私は母親からずっと暴力を受けていたようなのです。

なぜ、そう思うのか・・・

それは次のような記憶があるからです。

 

それはおそらく私が5歳か6歳の頃・・・

私はいつものように母親に何かの件で怒られていました。

そして母親は右手を振り上げ、私を殴ってきました。

 

しかし、その時、私は反射的に左手で自分をガードし、飛んでくる母親の右手をガチッと受けとめたのです。

 

その瞬間、母親が「おっ、私の手を受けやがった」という顔をしたのを今でもはっきり覚えています。

母親の顔に意外感というか、戸惑いのようなものが浮かんでいました。

 

その時、私は

「あっ、悪いことをしてしまった・・・」

と思いました。

 

反射的に母の手をガードしてしまい、母を当惑させてしまったことで後悔の念が湧き起こったのです。

(これ、まだ5歳か6歳の頃の話です)

 

 

ともあれ、ここから逆推理すると、それ以前、どうやら私は毎日、母親に殴られていたのではないか・・・という事が考えられるのです。

 

 

しかし、上の件があって以降、母親は二度と私を殴っては来ませんでした。

 

息子の反射神経に驚き、もう殴るのは無理だと思ったのかもしれません。

あるいは殴り損ねたことで、母親は自分のプライドが傷ついたのかも知れません。

 

 

母親の過干渉に踏みにじられた子供時代

 

母親からの暴力はなくなりましたが、その代わりに出てきたのが過干渉でした。

その最も古い記憶を1つだけ書いておきます。

 

それは小学校の確か1年生の頃。

おそらく夏。

朝、家を出る前に母親から帽子を渡されました。

「これをかぶっていけ」と。

 

その帽子というのは茶色で、生地はコーデュロイ。

たぶん子供用だと思いますが、ものすごく「お上品」な帽子でした

(あんなの、いったい家のどこにあったんだ・・・)

日よけになる「つば」の部分が円盤状に360度ぐるっと付いているタイプのものです。

 

参考になる写真をネットで探したのですが見つかりませんでした。

 

最近、東京あたりの私立小学校の児童たちが被っている帽子がありますよね。

お上品とはいえ、あれはいかにも制帽って感じです。

割とあのイメージには近い。

でも、私が母親から渡されたものはもっと「お坊っちゃま感」がありました。

制帽というより、なんだかイギリス貴族の子弟がお茶会に出かけていく時にかぶっていそうな帽子でした。

 

 

私が育ったのは地方の小さな街。

しかも昭和まっただ中です。

 

野球帽ならともかく、そんなお上品な帽子を小学校にかぶっていけば、イジメられるのは目に見えています。

 

でも、私は母親に反抗できませんでした。

仕方なくそれをかぶって家を出ました。

そして集団登校の待ち合わせの場所まで行く途中、その帽子はランドセルの中に押し込んでしまいました。

 

ところがです!

 

集団登校の列に交じって歩いている私の耳に、突然、母親の怒声が響いてきました。

振り返ると、自転車に乗った母が私に

「なんで帽子をかぶってないんだ!」

と叫んでいるんですね。

 

急いで私は帽子を取り出し、周囲の友だちの手前、恥ずかしかったので照れ笑いしながら帽子をかぶりました。

 

どうやら母親は私の不満げな顔に気づいていたのでしょうね。

だから私がちゃんと帽子をかぶっているかどうか、わざわざ自転車で追いかけてきて確認したのです。

 

 

結局、その帽子はその日以来、二度とかぶることはありませんでした。

母親は何も言ってきませんでした。

つまり、ただ単にその日の母親の気分だったのでしょう。

 

しかし、こういう愚かな過干渉はその後もよくあって、そのたびに私は渋々従わざるを得ないという状況を繰り返していました。

 

子供の頃の私には自由意志というものはなかったのです。

 

 

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過干渉は子供の自由意志をつぶしてしまう

 

最近、知ったのですが、親から子への過干渉というのも家庭内虐待の1つなのだそうです。

私の母親の場合、私への過干渉は暴力の代わりに出てきたのでしょう。

 

私が幼少期の頃、おそらく母親は何かあるたびに私を殴り、それによって私を自分の言う通りにさせようとしていたと思います。

 

しかしある日、前述の通り、それまでの「殴る」という手段が使えなくなってしまった。

そこで出てきたのが言葉や態度による過干渉です。

 

 

この母親からの過干渉は私が40歳を過ぎる頃まで続きました。

上の帽子事件のような出来事を記憶に残っているだけでも全部書いていたら、たぶん本が3冊くらい書けるかもしれません。

 

なぜ、こんなにも長い間、親の過干渉を受け入れ続けたのかというと、それは私自身がHSPだったからかもしれません。

 

 

最終的に、私は母親からの過干渉を40歳過ぎてから強引に断ち切ったのですが、今思えばもっと早くに断ち切るべきでした。

 

 

親からの過干渉がもたらす最大の不幸は「子供の自由意志を損ねること」です。

 

子供の頃から子供自身の自由意志を取りあげ、何でもかんでも親の言う通りにさせてしまう。

それによって、子供は自分の意志で「何かを選択する」経験を積めなくなってしまいます。

 

だから成長しても、自分の自由意志で物事を決めるとか、何かの時に自分の意志を自由に主張するということが苦手になります。

 

 

よく「自分の天職や適職がわからない」という人がいます。

こう言う人たちはおそらく子供の頃から自分の自由意志で何かを選ぶという経験をあまりしてこなかった可能性があります

 

そして、その背後には親の過干渉が隠れていて、自分でもそれに気づいていないのかもしれません。

 

私自身がそうでした。

なぜなら親とは皆、こんなものだと思っていたからです。

 

もし、心当たりのある方がおられるなら、子供時代からのこと、できれば記憶の底に沈んでいる幼児期のことを思い出してみてください。

 

私のように何かの手がかりが見つかるかも知れません。

 

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