HSP

HSPにとっては下手なピアノの音さえも拷問になる

HSPと騒音

 

HSPは他人の気持ちに敏感すぎてツラい思いをすることがよくあります。

でも、かりに人間関係が希薄な暮らしを選んだとしても、今度は五感の敏感さに苦しめられる場合があります。

今回はそんな私のトラウマ体験についての話です。

 

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HSPは物理的刺激に対する閾値(いきち)も低い

 

HSPは他人の感情に対してだけ敏感なのではなく、物理的な刺激に対しても超敏感です。

 

ただ、この場合の敏感さというのは「感覚が優れている」という意味ではありません。

(一説によればHSPは近眼でメガネをかけている人が多いとも)

 

HSPの場合、「感覚が優れている」というより、刺激に対する閾値(いきち)が低いと言った方が正確です。

 

 

閾値(いきち)とは

「ある反応を起こさせる最低の刺激量」

のことを言います。

 

例えばブラックコーヒーに砂糖を0.1グラム入れたとしても、たいがいの人は「甘くなった」とは感じないでしょう。

でも、1グラム入れたなら、おそらく何割かの人は「甘くなったかな」と感じるはずです。

その場合、その人たちにとって

「甘さを感じる閾値は1グラムだった」

ということになります。

 

ところがHSPの場合、この閾値が一般の人より極端に低いことが多いです。

上の例で言えば一般の人が1~2グラムの砂糖で甘いと感じるところをHSPなら0.3グラム程度でも甘くなったと感じる、といった具合です。

 

ただし「舌が肥えている」わけではありません。

だから必ずしもグルメとは言えないでしょう。

また、いくら舌が敏感とは言っても「感覚がよい」という意味ではありません。

だから「ソムリエに向いている」ということでもないのです。

 

 

HSPは特に音に対する閾値の低い人が多い

 

HSPは五感のいずれもが敏感なため、どの刺激に対しても閾値が低い傾向があります。

その中でも特に「音に対する閾値の低さ」は多くのHSPに共通していると思います。

 

 

私自身も音に対しては超敏感です。

普通の人なら気にならないような音でも気になります。

たとえば夜、かすかなオーディオの音が近所から聞こえてきても眠れなくなります。

 

 

また、大嫌いなのはバイクをふかす音。

私も原付バイクなら乗るので多少の音なら気にはなりません。

でも、一般のバイクのふかし音にはなぜか身の危険を感じてしまいます。

 

 

そして声の大きい人も苦手です。

特にそれがダミ声だと最悪。

以前、何かの講演会に出かけた時、後援者の声が(マイクを使っているとは言え)大きく、しかもダミ声だったため、気分が悪くなって途中退場したことがありました。

 

 

また、スニーカーを履く時に爪先を地面にコンコンと当てながら履く人がいますよね。

あのコンクリートに反響するコンコンの音も苦手。

 

 

当然、夜、寝るときも完全無音の状態でないと寝ることができません。

HSPの中には耳栓をして寝る人もいるそうです。

しかし私の場合、その耳栓が気になって眠れません。

だから引越しの時は「夜間、静かな場所であること」が最大の条件となります。

 

 

このように音の問題は私にとって常に重要な課題です。

そして、そんな私にとって長らくトラウマであり続けたのがピアノの音です。

これについてちょっとお話ししたいと思います。

 

 

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下手なピアノの音に悩まされ続けた子供時代

 

私には3歳年上の姉がいます。

この姉というのが昔、ピアノをやっていたんですね。

 

もうずいぶん大昔のことで、しかも地方でしたので、大した先生に習ったわけではありません。

早い話、全然下手なピアノでした。

 

ところが両親は姉を音大に入れようと思っていました。

また、姉自身も音大に行くつもりで毎日数時間はピアノの練習をしていました。

 

私が物心ついた頃にはすでにわが家ではピアノ音が日常音となっていました。

だから「慣れていた」と思われるかもしれません。

いえいえ、とんでもない!!

HSPの私にとっては毎日拷問を受けているような生活でした。

 

 

姉が弾くピアノの音というのは、私の耳には何十枚もの板きれをハンマーで派手に乱れ打ちする騒音にしか聞こえませんでした。

 

しかもそのピアノは家のリビングルームに置いてありました。

リビングルームなので、当然、テレビとかも置いてあります。

しかし、姉がピアノをぶっ叩き始めると、テレビどころじゃなくなってしまいます。

 

まあ、テレビは我慢するとしても、別の部屋で勉強している時にもその騒音が四六時中聞こえてくるのでたまったものじゃありません。

 

私は姉に対し、ピアノを弾くときはせめてリビングルームのドアを閉めてくれ、とお願いしていました。

ところが姉は二階の部屋から階段をバタバタバタッと降りてきてリビングルームに入ると、そのままドアを閉めることもなくピアノを弾き始めます。

 

これはわざとやっているのではなく、おそらくそういう性分なのでしょう。

とにかく繊細さの「せ」の字もない人でしたから。

それで毎回、私がドアを閉めに行くことになるのでした。

 

こうして子供時代、私は常に姉のピアノ音によって精神を追いつめられていました。

 

 

私が高校に入ると同時に姉は音大へと進学しました。

その音大は他県にあったため、姉はその音大の近くのアパートに引っ越しました。

そのアパートは音大生専用らしく、楽器持ち込み可のところでした。

 

ともあれ高校に進学して、私は長年悩まされ続けてきた姉のピアノ音からようやく解放されたわけです。

ホッとしたものの、私の感情の中には

ピアノ=汚い音を出す箱

という認識が強烈に植え付けられ、一種のトラウマになっていました。

 

 

フジコ・ヘミングのピアノ演奏に救われた

 

私は大人になってもからも誰かが弾くピアノの音を聞くたびに「悪夢のような姉のピアノ音」がよみがえり、吐き気をもよおすほどになっていました。

 

ところがある日、テレビか何かでフジコ・ヘミングというピアニストが弾く曲を聴いた時、私はようやくこのトラウマから解放されることになったのです。

 

当時、フジコ・ヘミングは下北沢の古い屋敷に猫といっしょに住んでいて、その様子をテレビでドキュメンタリー風に紹介していたのです。

その番組の中でだったか、彼女はリストの『ラ・カンパネラ』という曲を弾いたのです。

 

今にして思えばピアノ嫌いの私がなぜそういった番組を観たのか、その理由はよく覚えていません。

たぶんフジコ・ヘミングという(ちょっと失礼な言い方ですけど)得たいの知れない老女に心をひかれたのかも知れません。

 

 

ともあれ、その番組で彼女の『ラ・カンパネラ』を聞いた時、私はピアノの音とは本来こんなに美しいものかと思いました。

 

彼女が弾く楽器は全然うるさくなく、とても温かくて平和な音色。

その音色が私の心に優しくしみこんできました。

 

そして私は彼女の演奏を聴きながら、なぜか自然に涙がこぼれ出てきました。

(非HSPの人が聞けば「バカじゃないの!」と言われそうです)

 

それ以来、ピアノ音に対する私のトラウマはきれいに消滅したのです。

それどころか世界的に有名なピアニストの演奏をYouTubeで探して聴くくらい、今ではピアノが好きになっています。

 

※ ※ ※

 

さて、その後の姉ですが・・・。

姉は地方の音大のピアノ科を卒業しましたが、結局、モノにはなりませんでした。

 

姉に限らず、かりに東京藝大を卒業しても音楽で食っていくのは容易なことではないと聞きます。

ましてや姉のピアノのレベルで食っていけないのは当然と言えば当然です。

結局、姉は音大を卒業して数年後にはピアノを実家の納屋の中にしまってしまいました。

 

一方、私は高校を卒業してから東京に出てきたため、結局、姉のピアノ音に悩まされたのは中学卒業まででした。

その後、姉のピアノは一度も聞いていません。

それもトラウマ解消には有利に働いたのでしょうね。

 

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