HSP

HSPの男性は幼い頃から受難の人生が始まる

HSPと親ガチャ

 

HSP(とても繊細な人)と言えば女性・・・

というイメージを持っていませんか?

 

いえいえ、男性にもHSPは大勢います。

ただ、自分がそうだとカミングアウトする人が少ないだけ。

そのぶん男性のHSPにとっては生きにくい世の中だと言えそうです。

 

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なぜHSP本の著者は女性ばかりなのか?

 

非HSPにとって、HSPというのは男性、女性のどちらがイメージしやすいのでしょうか。

 

聞いたことはありませんが、おそらく

HSP=女性 ???

というイメージが強いのではないでしょうか。

 

そう感じるのには理由があります。

アマゾンのサイトにはHSP関連の本がたくさん並んでいます。

それらの表紙を見て思うのは、どの本も女性が手に取りやすいような装丁になっている、ということです。

(たとえばオドオドしている女性のイラストが表紙に描いてあるとか・・・)

 

そしてもう1つ、

HSP本の多くは著者が女性だということ。

 

何なんでしょうね、いったい・・・。

出版社の編集者というのはHSPの本を企画した時、「著者が女性でないと売れない」というふうに考えているのでしょうか。

あるいは「HSP本を買うのは女性ばかりだ」と思っているのでしょうか。

 

 

ただ、まあ、実際にHSPの男性である私自身の感覚で言えば、女性の書いたHSP本が多くなるのは当然のような気がします。

 

そう考えるのには理由があります。

 

HSPというジャンルは研究対象というか学問対象としては「まだまだ未発達」な分野です。

まだ普遍的な知識、情報として世の中に流布していない。

そのため、著者本人がHSPでなければHSPに関する本を書けないと思うんですね。

 

ところが男性の場合、たとえ自分自身がHSPであったとしても、その事実を「ひた隠し」にしているケースが多い。

 

だから男性が書いたHSP本というのは世に出る機会が少なくなる、ということです。

 

 

なぜ男性は自分がHSPであることを隠すのか

 

社会通念という言葉がありますよね。

その1つとして、

男らしさと女らしさ

というものがあります。

 

最近ではLGBTの問題もあって、この「男らしさ、女らしさ」という区分けは昔ほど語られなくなりました。

でも、その区分けが完全になくなったかというと、決してそんなことはありません。

 

そうした古い社会通念がHSPの世界にも影を落としています。

つまり、こういうことです。

女性ならば繊細なのはいたしかたない。

しかし男性で繊細すぎるなんて、みっともない。

 

こういった考え方がな~んとなくあるように思えます。

それで男性HSPは声をあげづらく、その結果として男性HSPの著書が少ないという状況を生んでいるように思えるんですね。

 

このサイトで私自身、HSPであると公言しています。

たとえペンネームを使っているとは言え、やはり男性の立場で自分がHSPであることを告白するのはちょっとした勇気がいります。

 

こうしたこともあって、非HSPからすれば、

「HSPって、女性に多いみたいだね」

ということになるのかもしれません。

 

 

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HSPは子供の頃からすでに受難が始まっている

 

HSPって、どんな子供時代を過ごすのでしょうか。

これについては男の子と女の子とで少々違いがあるように思います。

 

 

まず、女の子の場合。

やはり様々な受難があると思いますが、後で述べる男の子の場合よりは「ややまし」かもしれません。

なぜなら先ほど述べた社会通念、つまり「女性は繊細」という世間の思い込みに助けられる部分があるからです。

 

つまり繊細だからといって、ばっさり否定されることは少ない。

 

でもその一方、親などから大切にされ過ぎて、たくましさが育たないケースもあるようです。

こうした「過保護的な育てられ方」がHSPの女の子にとっては逆に受難かもしれません。

 

 

では、男の子の場合はどうでしょうか。

 

これはもう、「男の子は大胆であるべき」という社会通念の逆風を真っ正面から受けながら子供時代をサバイバルすることになります。

 

またHSPの男の子自身、自分が繊細で敏感なのを隠すことに注力しなくてはならなくなります。

その結果、「のびのびとした子供時代」からはますます遠ざかっていくことになるのです。

 

 

私が子供の頃、わが家は両親、姉、私の4人家族でした。

そして私以外の3人は非HSPでした。

というか、あまりにも非HSP過ぎて、繊細さの「せ」の字もないような3人でした。

(HSPの私に言わせれば無神経な人たち)

 

確か私が小学校の2年生か3年生の夏だったと思います。

私の父親は暑がりだったため、夏、家に帰るといつも上半身裸になっていました。

 

ある日、夕食の時、いつものように上半身裸の父親がふと私を見て、

「おい、熱いんだからTシャツなんか脱いだらどうだ」

と提案したんですね。

 

夏とは言え、私はそこまで暑がりでもありませんでした。

その上、子供の頃、私は痩せぎすの体型で、それが強いコンプレックスだったため、たとえ家族の前でも裸にはなりたくありませんでした。

 

それで私が「嫌だ」と答えると、そこで父親の顔がさっと変わったんですね。

「熱いんだから脱げと言ってるんだ」

と、急にイライラしだしたのです。

それと同時に母親と姉も口をそろえて

「男の子なんだから脱げばいいじゃない!」

と父親を援護射撃してきました。

 

言い返す言葉もなく、私はしぶしぶTシャツを脱いで上半身裸になり、夕食をとりました。

 

 

HSPこそ親ガチャ問題が深刻

 

こういうことを何十年たった今でも覚えているということは、つまりトラウマになっているということですね。

どのHSPの男の子にとっても、こういう受難は日常茶飯事だと思います。

 

もちろん女の子の場合もいろいろ受難はあって、大人になってもトラウマになっていることは多いでしょう。

 

HSPは子供時代から感受性だけでなく、観察力も人一倍すぐれていて、しかも記憶力がいい。

それだけに非HSPの人に比べると、男女とも、あまりにも濃厚な子供時代を過ごした人が多いのではないでしょうか。

 

 

そう言えば近頃、親ガチャという言葉が話題になっていますよね。

子供は親を選べないというヤツ。

 

裕福な家庭に生まれた子供もいれば、貧しい家に生まれた子供もいる。

それによって人生は大きく変わる。

 

しかし、親ガチャによって最も大きな影響を受けるのは、たぶんHSPです。

 

もちろんHSPであっても、何のトラウマを抱えることもなく大人になる人もいます。

でもそういう場合は親が奇跡的に理解があったか、たまたま子育てが成功したかのどちらかでしょう。

 

多くの場合、HSPの人生は子供時代の過ごし方に大きく左右されます。

その因子として「親のあり方」というものが大きいのは当然です。

そしてその影響を真っ向から受けてしまうのは、やはり男の子の方かもしれません。

 

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