雑記(未分類)

「幸せにならないと意味がない」という同調圧力

「これでいいのだ」の人生哲学

 

幸せって、絶対的な善ではありません。

他人との単なる比較の問題です。

そこんトコロをちゃんと理解できると、

自分を苦しめている様々な「呪い」が

今すぐにでも解けるはず。

 

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幸せかどうかは単に他人との比較の問題

 

ちょっと想像してみましょう。

あなたは人口100人の村に住んでいます。

そしてあなたはそこの村人の1人。

 

村人たちは村から出たことがない。

また村の外からやって来る人もいない。

おまけにその村にはテレビやネットもない。

だから外の世界がどうなっているか、

村人たちは知らないし、関心もない。

 

その村では全作物を平等に分けていて、

特別に金持ちもいなければ貧乏人もいない。

全員、ほとんど同じレベルで生きている。

さて、この村の住人たちは

自分たちを幸せと感じているでしょうか。

 

おそらく全員、

「今の状況があたりまえ」

「生きるってこんなもんだ」

と思っているはず。

楽しく生きているかもしれませんが、

自分たちのことを

特に幸せだとも不幸せだとも

思っていないでしょう。

 

 

これはあくまでも仮定のストーリーです。

でも、1つの思考実験として考えると、

「幸せ」とやらの正体が見えてきます。

 

つまり、

幸せとは他人との比較の問題だ

という事実です。

 

つまり人は

自分より不幸な他人の存在を知った時、

初めて

「自分はあの人よりは幸せだ」

と感じる生き物なのです。

 

 

幸せになるとは自分より不幸な人を作ること

 

ここで大切なことは、

幸せとは絶対的なものではなく

あくまでも相対的なものだということ。

 

言い換えると

今、自分が幸せかどうかは

他人との比較において成り立つ価値観だ

ということです。

 

 

さっきの100人村の村人たちも、

「楽しいな~」と思う瞬間は

毎日、たくさんあるでしょう。

しかし、その思いは

幸せ感にはつながりません。

なぜかというと、

自分たちより不幸な人がいないからです。

 

「楽しいな」という感覚は

自分と他人とを比べなくても

ごく自然に湧き出してくる感覚です。

 

ところが「幸せだな」と感じるには

自分より幸せじゃなさそうな人を

見つけてこなくてはならない。

 

誰も気づかないけれど、

実はそこに

「幸せになろう」とすることの

根本的な不幸があるように思えます。

 

なぜなら結局のところ、

「幸せになるためにがんばる」

とは、

「自分より不幸な人を増やす努力をする」

ということに他ならないからです。

 

 

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「幸せにならなきゃ」という強迫観念

 

今の世の中、幸せになるということが

1つのタスクになっています。

 

生まれてきたからには幸せになるべき!!

という一種の強迫観念。

 

皆、幸せになっているんだ!

キミも幸せになろうよ!

えっ、興味ないって?

ダメだよ、そんなことじゃ!

幸せにならないと

生きている意味がないじゃないか!!

 

はっきり言って、こんなの、

まったくもって余計なお世話。

しかしこれはもう、

立派な同調圧力でもありますよね。

 

本来、「今の自分のままでいい」

と思えればそれで十分なはず。

なのに、

「キミ、今のままでは不十分だよ!」

だなんて、

なんで人から言われなきゃいけないの?

 

 

今の世の中、幸せになることが

1つのレースになっている。

 

自分と他人を比べなかった幼稚園の頃、

自分は不幸だなんて

思ったことなど全然なかった。

 

ところが成長するにつれ、

ホラホラ、頑張らないと抜かれるよ!

などとハッパをかけられる。

 

そしていつの間にか、

幸せにならないとダメだっ!

というふうに刷り込まれてしまい、

1つの強迫観念みたいになっている。

そして、ぼくたちの心を苦しめている。

 

いったいなぜ!?

 

答えは簡単です。

「幸せ」というのは

1つの欲望マーケットだからです。

 

「どうやら幸せにならなきゃダメらしい」

と信じてしまった人たちは

幸せになるためにはどんどん金を出す。

そして、それで儲けている人がいる。

それだけのことなんですね。

 

ただそれだけの話。

 

でも、その幸せになる努力って

いったいいつまで続くのでしょう?

もしかして死ぬまで続くの?

となると、もはやそれって

単なる耐久レースじゃん!

って思いませんか?

 

 

「幸せ」耐久レースを降りる自由

 

多くの人は幸せになろうとして、

とてつもないストレスをため込んでいます。

 

ストレスをため込んでまで

手に入れたい幸せってなんだろうね。

だいたいこのレースにゴールはあるのか?

 

そんなことより、

いったん走るのをやめて

立ち止まってみたらどうだろう。

 

周りから

「なさけないヤツ」

とか思われてもいいじゃん。

 

なぜ自分はずっと走り続けてきたのか?

なんで順位ばかりを気にしてきたのか?

 

そういうことを考える時間を

ちょっとだけ持ってみる。

すると人生が変わりそうな気がします。

 

「幸せ」耐久レースから降りる自由は

誰にでもある。

「自分はこれでいいのだ」

と思えれば、その瞬間はいつでも来る。

 

何が起ころうとも、

バカボンのパパの口癖のように

これでいいのだ

とつぶやいておけば、

「走り続けない人は不幸」

などいう呪いからはいつでも解放される。

 

自分と他人の人生を比較なんかせず、

自分なりの楽しい人生を生きていく。

それで十分だと思います。

 

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