雑記(未分類)

初対面の相手に「キミ、どこのファン?」と聞く日本人

野球と非国民

 

かつてこの日本という国には、自己紹介の際、自分がどのプロ野球チームのファンなのかを言わなければ非国民扱い(!?)された時代がありました。

今日はこうした日本の「奇妙な黒歴史」についてのお話です。

 

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「どこのファン?」が初対面の挨拶だった時代

 

今日、会ったばかりの人から

「キミ、どこのファン?」

って聞かれたことはありませんか?

 

えっ、いったい何の話?

と思った方、あなたは10代、20代か、せいぜい30代前半くらいまでの方でしょう。

 

ある年齢以上の方なら、「どこのファン?」と聞かれただけで、プロ野球12球団のうちのどのチームを応援しているかを聞かれていることはすぐにわかるでしょう。

 

近頃はこういう質問をしてくる人をほとんど見かけなくなりました。

でも、ふた昔ほど前までは

全日本人はプロ野球12球団の
いずれかのチームの
ファンであるはずだ!

という強烈な固定観念がこの日本列島を支配していたのでした。

 

そしてもし野球に興味がないことがバレたりしたら、即、非国民の汚名を着せられ、強制収容所へ送還され、最終的にはガス室送りとなって処分されたのでした(泣)。

(スミマセン、ちょっと大げさに書きすぎてしまいました。。。)

 

 

日本という国は現代でもなお同調圧力の強い国ですが、私が子供時代の日本は今の非ではありませんでした。

 

価値観の多様性については、そんな概念すらなかった時代です。

もし皆と同じことに興味を持っていなければ

オマエ、浮いてるよ!

と言われた時代だったのです。

(そういえば最近、この「浮いている」っていうコトバ、死語になったのかなあ・・・)

 

 

今だから言えるけど野球が死ぬほど嫌いだった

 

私が子供の頃は

「日本人なら全員、野球が好きなはず」

と考えられていた時代でした。

 

だから定食屋さんに入ってもテレビは常に野球中継でした。

また、テレビの野球中継の時間ワクだけは無制限に延長され、そのあおりを食って他の番組はひんぱんに放送中止になりました。

 

そして「清く正しく美しい」高校球児たちはニッポン男児のお手本でした。

 

そう言えば昔、何かの広告のコピーで

「少年時代、誰もが野球選手にあこがれた」

なんてのがありましたよ。

(あこがれてなんか、いないっつーの!)

 

 

ところが私は幼い頃から野球というものにまったく興味がありませんでした。

野球中継なんか見たこともありません。

 

私が野球が嫌いだった理由は・・・

1.ルールが複雑すぎて理解できない。

2.チームプレイだから自分のミスを全員から責められる。

3.自分の打席が回ってくるまで暇だ。

4.自分のポジションにボールが飛んこないと暇だ

5.そもそも野球をやっている連中と波長が合わない

 

通っていた小学校でも休み時間は最悪でした。

男子児童たちは巨人ファンと阪神ファンに分かれ、教室の中で応援合戦を繰り広げるのです。

野球に対して嫌悪感しかなかった私にとって、それはまさに地獄絵図そのものでした。

 

 

社会人になって働きだしてからも、この日本の野球文化はしばらく続きました。

たとえば職場などで自己紹介する場合、名前、出身地、趣味などを一通り言った後に

「ちなみに巨人ファンです」

とか

「阪神ファンです」

というのがこの日本村のオキテだったのです。

 

一方、私が野球の話なしで自己紹介を終えると、必ず誰かが手をあげて

「質問いいっすかー?どこのファンですか?」

と聞いてくるんですね。

 

そういう場合、その場にいる全員もウンウンとうなずきながら、

「そうだよね、それ聞いとく必要あるよね」

みたいな顔をいっせいにするわけです。

 

いやあー、ちょっと皆さん、想像してみてくださいよ。

そういう暗黒時代のニッポンを生き抜いてきた私を!

 

今だからこそ、堂々とこんなことを書いていられます。

でも、ふた昔前まではホントに「自分は野球に興味ない」なんて、口が裂けても言えない時代だったのです。

 

 

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野球に興味がない日本人は非国民扱い(?)

 

当時、もし野球に興味がないことがバレたりした場合、戦時中みたいに特高警察がやって来て刑務所に入れられるんじゃないか・・・というくらいの不安感がありました。

 

「どこのファン?」

と聞かれて、仕方なく

「う~ん、中日かなあ」

とか言うと、

「え?中日が好きなの? どの選手が好き?」

などと追い打ちをかけられて、結局、野球に興味ないことがバレてしまう・・・。

 

 

地方を出て東京の大学に入れば少しは違うかな、と期待したこともありました。

でも、大都市でもやはり同じでした。

 

たとえば友だち数人とマックや喫茶店に入った時――。

誰かが「昨日の巨人の試合、おもしろかったよな~」

とか言ってしまったが最後、延々と1時間でも2時間でも野球の話が続いてしまいます。

 

野球の話が続いている間、私は一言も発することができず、その場に座っていなくてはなりません。

当時はコミュニケーション能力が超低かったこともあって、その苦しい場所から退去することができなかったんですね。

 

 

でも、ある頃から少々開きなおるようなりました。

「どこのファン?」

と聞かれると、正直に

「野球は見ないんだよね」

と答えることにしたのです。

 

すると誰もが

えっ!!!!!

という驚愕の表情をします。

たいがいの人はポカーンと口を開けたまま、

「信じられない・・・」

といった顔をするのです。

そう言えば、持っていた箸を落とした人もいましたっけ。

 

周囲にいる人たちも全員、

マジか・・・

みたいな反応をします。

何だかその場がシラけたような空気感に包まれます。

 

一方、私は

「よくぞ勇気を出して言った!よし、よくがんばった」

と自分に言い聞かせるようにしていました。

 

まあ、非国民は言い過ぎだとしても、「変わったヤツ」扱いされたことは確かです。

 

 

時代の風向きが変わりだした

 

私の実感で言えば、

「キミ、どこのファン?」みたいな質問が世の中から減っていったのは1990年代になってからだと思います。

 

特に1993年、サッカーのJリーグと格闘技イベントのK1がスタートしたのを機に、日本では価値観の多様化が少しずつ始まったように思えます。

 

こうした野球以外の大イベントの登場によって、別に野球ファンでなくても、「自分はサッカーファンだから」とか「K1が好きだから」という逃げ場ができたわけです。

 

実際、私自身も昔から細々とながら武道や格闘技をやっていたので、自分好みのカルチャーが認知されだしたのは嬉しかったです。

 

 

そもそも野球が日本人に広く受け入れられた理由として、自分のポジションを守るという、日本人好みのプレイスタイルがあると思います。

まさに農耕民族らしい趣向とも言えます。

 

しかしもう少し大きな視点で言えば、今やどんな大企業に勤めていても、生涯、自分のポストが確約されているわけではありません。

 

いや、バブル崩壊以後、大企業だっていつ潰れるかわからない時代になっていました。

そういう時代の変化とともに、野球人気も少しずつ落ちてきたのでしょうね。

 

その代わりに狩猟型のサッカー、あるいはフリーランス的な1対1の格闘技がウケるようになってきたのだと思います。

 

 

時代は変わるという希望を持つ

 

今でこそ価値観の多様化なんて言葉はアタリマエ過ぎて、誰も口に出さなくなりました。

ところが昔・・・といっても、つい数十年前までのことですが、当時は自分1人だけ異色の価値観を持つことは許されなかったというか、変人扱いされたんですね。

 

でも、ホント、時代は変わるものです。

だから今、

「生きにくい時代だなあ」

と思っていたとしても、

いつまでも同じような時代が続くわけではありません。

世の中、必ず変わります。

今がツラいという人も、

「そのうち自分の時代が来る」と思って待っているのも1つの手です。

 

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