身を守る心理学

デインジャラスな状況で恋が芽ばえやすい理由

おとり選択肢

 

私たちはいつも複数の選択肢から

「これだ!」と思うものを

自分の意志で選択しているつもりです。

ちょっと買い物をする時も、

恋の相手を探す場合も。

 

でも、実を言うと

「選択肢に操られている」

ということに気づく人はあまりいない。

まあ、気づかない方が

気分もいいのですけど・・・。

 

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私たちの判断力を狂わせる「おとり選択肢」

 

いくつかの選択肢を見せられた場合、人は誰でも

「少しでも得するものを選びたい」

という気持ちになります。

 

そうした人間心理を逆手に取ったのがおとり選択肢です。

これはマーケティング戦略の基本の「き」でもあります。

 

 

例を上げると、たとえばあなたが友人もしくは恋人とお出かけしたとします。

ちょっと歩き疲れたかな・・・という時、たまたま香ばしい香りがただよう洒落たコーヒーショップを発見。

雰囲気もよさそうなので入ってみることにしました。

 

さて、メニューを見た時、あなたの目は「本日のおすすめ」と書かれたところにクギ付けとなります。

なぜならそこには次のようなことが書かれていたからです。

 

当店のおすすめ

・お好きなコーヒー1杯 380円

・当店自慢のモンブラン 810円

・お好きなコーヒー1杯と当店自慢のモンブラン 830円

 

はて? 一瞬、わが目を疑ったあなたは再度、金額を読み直します。

な、なんと、モンブラン1つで810円とは!

こんな高級モンブラン、食べたことないぞ。

しかし380円のコーヒーといっしょに注文すれば、たった20円高いだけの830円ではないか・・・

 

しばらく考えた後、結局あなたはコーヒーとモンブランのセットを注文することになります。

もともとコーヒーだけを飲むつもりでこの店に入ったのに・・・。

 

 

さて、これは言うまでもなく「店側のよくある戦略」です。

 

つまりコーヒー単品で商売していても利益は薄い。

といって、コーヒーの単価を上げすぎても客足は減る。

そこでスイーツをコーヒーと抱き合わせで出すことにしたわけです。

 

ところがスイーツ専門店ではないため、ほとんどの客はコーヒーしか注文しない。

そこであえて「モンブラン810円」という非現実的な選択肢を用意することで、客の気持ちを「コーヒーとモンブラン」のセットへと誘導したわけです。

 

この場合、「モンブラン810円」を注文する客はいないでしょう。

でも、おそらくすべての客はこの「モンブラン810円」という選択肢に「してやられる」はずです。

つまり判断力を狂わされてしまうのです

 

こういう「戦略的に作った選択肢」をマーケティングではおとり選択肢と呼んでいます。

 

 

「おとり選択肢」にはパターンがある

 

「おとり選択肢」というのは、今述べたような「比較して価値を判断する」という人間の習性、本能を利用した商法です。

そしてこの「おとり選択肢」の商法には一定の公式があります。

 

たとえば次のような2種類の商品があるとします。

【商品A】
中品質で手頃な値段だが利幅は小さい

【商品B】
高品質で値段は高く利幅も大きい

商品Aと商品B

店としてはできれば商品Bを売りたいところですが、問題はその値段です。

値段が高すぎると人は買ってくれません。

 

だったら店頭に商品Bだけを置いたらどうでしょうか・・・。

でも、それでは

「あの店は高いものしか置いてない」

という悪評が立つかも知れません。

 

こういう場合に使うのが「おとり選択肢」です。

方法はいくつかあります。

 

たとえば商品Bとほぼ同じ値段または同額の商品Cを用意します。

ところが性能面、あるいは品質面を見ると、商品Cは商品Bより劣ります。

商品Aと商品Bと商品C

最初のうち、お客さんたちは商品Aと商品Bとを比較していました。

それで

「安値を取るか、高品質を選ぶか」

で迷っていました。

 

しかし商品Cが登場したことで、お客さんたちは全員、商品Bと商品Cとを比較するようになります。

つまり同価格で品質だけを見比べるようになるのです。

この時点でお客さんの視野から商品Aはすでに消えています。

 

商品Bにするか、商品Cにするか?

ここで、よほど特殊な事情でもない限り、商品Cを買うお客さんが出てくるはずもなく、ほとんどのお客さんは商品Bを買う、というわけです。

 

 

さっきのコーヒーショップの例で言えば、売りたい本命の商品Bは「コーヒーとモンブラン」のセット。

そして商品Cは「モンブラン単品810円」の「おとり選択肢」に相当するというわけです。

 

 

ついでにもう1つ、「おとり選択肢」のパターンをご紹介しておきます。

さっきの商品Bを売りたい場合、

品質は商品Bと大して変わらないのに、

なぜか値段が高い商品D

を用意するという方法です。

この場合もお客さんの視線は商品Bと商品Dだけに集まり、商品Aは視野から消えてしまいます。

そしてどのお客さんも特殊な事情でもない限り商品Dを選ぶはずがなく、たいがいは商品Bを選ぶというわけです。

 

 

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「おとり選択肢」のせいで恋を誤ることもある

 

結局、人は何かの価値を判断する場合、必ず他の類似品との比較から判断します。

決していきなり「そのモノ」の絶対的な価値をゼロから考え始めたりはしません。

そんなことは不可能なのです。

 

そして実を言えば、人間のこうした「比較による価値判断」はモノ相手の場合だけでなく、人間相手の場合もまったく同じです。

 

たとえば最近、あなたの職場に新しい上司がやって来たとします。

その上司がよいかどうかを判断する場合、必ず前の上司との比較で考えるでしょう。

前の上司と完全に切り離した上で今度の上司を見る、ということは人間である限り不可能です。

 

 

さて、こういう知識があると、映画(特にアメリカ映画)を観る場合、ついつい余計な想像をしてしまいます。

 

私はアドベンチャー映画が大好きなのですが、こういう映画って、たいてい男女の恋がからんできます。

どうやら男と女というのはデインジャラスな状況下では必ず恋に落ちる傾向があるらしいんですね。

 

でも、これだって「おとり選択肢」の理論から説明ができます。

 

 

たとえば周りがテロリストばかりだとか、海賊集団だとか、そういった「安心できない状況」にいると想像してください。

そんな時、もし目の前に「安心できる異性」だとか、「信用できそうな異性」がいたら、その相手は自分にとって唯一無二の大切な人間になるはずです。

 

なぜなら少なくともその人物は他の連中のようにデインジャラスではないからです。

そういう連中と比較すると、単に「安心できる」というだけで魅力的に見えてきたりします。

 

つまりテロリストや海賊など、ヤバイ連中が大勢いる中で偶然出会ったというだけで、街中でなら振り向きもしなかった普通人を「運命の相手」だとカン違いしてしまうわけです。

 

こういう場合、周りにいるテロリストや海賊どもが「おとり選択肢」としての役割を果たすことになります。

 

 

さて、お約束のキスシーンで映画はエンディングを迎えます。

ところがその後、2人が日常に戻ってからも関係は続くのでしょうか?

そこが難しいところです。

 

デインジャラスな状況下では「運命の相手」に思えた人物も、日常に戻ると「タダの人」・・・。

そんなケースも多そうですね。

 

そういえば、そういったアドベンチャー映画の続編が製作された場合、前回の恋人役はたいがいいなくなっています。

 

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